以前から近江八幡の近くを通ると、どうしても湖が見たくなる時期がありました。
近江の地は競技かるたと関係が深く、かるたを題材とした「ちはやふる」の登場人物には地元福井とも関係が深い少年が登場しますが、「ちはやふる」が映画化された時も、京都へ行く途中無性に近江八幡へ寄りたくなりました。

自分でも寄りたい理由が知りたくなり、近江八幡周辺を調べていたところ藤ケ崎神社があることがわかり、そこでは龍神様を祀っていることがわかりました。
でも待てよ、琵琶湖には確か他にも龍神様がいたよな、と思い返し、調べてみると、竹生島神社にも竹生島龍神がいることがわかりました。
竹生島には弁財天も祀られていることから確かに琵琶湖と龍神との関係は深いよなと感じた次第でした。(弁財天と龍神の関係は別の記事で書きたいと思っています。)

私が立ち寄りたいと感じたのは、藤ケ崎龍神。
位置関係を調べると藤ケ崎龍神、竹生島龍神の遙拝所はいずれも湖に向かって建てられており、遙拝所の写真からは、違う龍神様のように感じられました。また、二つの遙拝所は近江八幡市と高島市にあり位置的に琵琶湖のほぼ両端にあります。

先日、チャンスが訪れました。音楽グループ「嵐」の関係で有名になった京都にある大野神社に連れて行って欲しいと家族の女性陣からせがまれ、代わりに帰りに藤ケ崎神社に寄ってもいいと了解をもらいやっと想いが叶うことになりました。

思いの外、神社への入り口がわかりにくいのでたどり着くのに少し苦労しましたが、藤ケ崎神社には車で行く方が便利だと思います。

駐車場に車を止めて、砂利道を歩いて行くと、急に気がピンと張り詰めた箇所を通り抜けました。





湖に向かって鳥居が建っているのが外宮。

鳥居内から湖に向かって立っていると、穏やかな気持ちになり、龍が悠々とかろやかに飛び回っているイメージが湧いてきました。



振り向いた反対側の山の岩の割れ目側が内宮。(外宮から振り返った山側一帯は「水茎(みずくさ)の岡」と呼ばれているそうです。)

人一人通れるほどのわずかな岩穴の奥に祠があります。
こちらは外宮と正反対で自分の心に一本筋が通っていないと圧倒されそうな厳かさの中に浮遊感が感じられるような場所でした。
なので、撮影は遠くからで遠慮しておきました。

祠の入り口の左横には『龍神社乙姫宮に地蔵堂 参拝すれば心清しき H28.10吉日 宮守』と書かれたお堂の中に3体の地蔵様が祀られていました。

 


祠の入り口の右横には、石碑があり、「龍王ト龍神ナトハ夫婦ニテ 名高キ藤太家名藤原(江州蒲生郡牧村藤ケ崎神社ノ龍神略縁起)」と刻まれており、もしかして、内宮と外宮の龍神は違うのではと感じ、帰宅してから調べました。龍王とは仏教系で八大龍王などと呼ばれ、龍神は神道系で黒龍神などと呼ばれます。

 


また、右側の燈篭に「妙得龍神」の名があることも疑問のひとつでした。

 

地元の方に聞いた話では、数年前まで、内宮鳥居に
「ご参拝の皆様へ
琵琶湖命の水の守り神である妙得龍神は天地創造の大天霊。御祖の御使いであり天・人・地、三界を治め給う最高の守護霊さまです。其の本体は、白大蛇であり、水龍神でもある。弁財天が妙得宮に坐し坐、御祭神です。ですから、妙得宮は神聖な祈り場である。最高のパワースポットです。御神水をいただいて、健康になって下さい。 宮守り」
の張り紙があったそうです。
(出来ることなら、上記の張り紙を再度お願いしたいと思っています。)

これらを総合すると、夫婦の龍神様が藤ケ崎神社におられるという結論に達しました。凄いことですね。

それよりも感心するのは、この神社は地元の皆さんで管理をしているということです。
自分も、そのような心を忘れないように地元の神社を大切にしていこうと考えています。

藤ケ崎神社は恋愛に関して言えば、縁結び、子宝、子孫繁栄、金運上昇、厄除開運等が一般的な御利益としてあげられます。

外宮、内宮と参拝を終え、琵琶湖に向かって深呼吸すると、頭の中に波の立たない湖面が浮かんできたので、龍神様にやっと訪れたことをお許し頂けたんだなと感じて帰路につくことが出来ました。

名勝の地『水茎の岡』にある藤ケ崎神社の夫婦龍神は、訪れる方を優しく迎えてくださると思いますので、皆様一度足を運んでみてください。


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藤ケ崎神社の他の見所

・このあたりは名勝『水茎の岡』と呼ばれ、その美しさは古くから多くの歌に詠まれ、一部が紹介されています。
  

・平安時代には巨勢金岡という画家が、あまりの絶景のために絵を描くことができず、筆を捨てたことから「筆捨の岡」や「筆ヶ崎」などの名が残ったとのいわれがあります。

・「龍王ト龍神ナトハ夫婦ニテ」の石碑にある「名高キ藤太家名藤原」とは、平安時代中期の下野(現在の栃木)の武将藤原秀郷(俵藤太)のことで、三上山に住む「大ムカデ」に苦しめられていた龍神一族から大ムカデの退治を懇願され見事に退治した物語で知られる武将(近江富士・三上山の百足退治伝説より)のことです。
・昭和天皇即位の際に建立された石碑があります。


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