2019年12月急に平日に休みがとれることになったのでどうしようかなと考えていました。

休みがとれることになった日から、氣多大社の「入らずの森」のニュースが聞こえて来たり、夢にまで数回でてきたので、これは「来い」ということだなと腹を決め、行くことにしました。

当日の朝は雨。能登半島の方角に向かうも雨。途中、スゴイ雨にも遭い、こりゃあ大変だという思いを持ちながら、氣多大社に向かって車を走らせました。

途中、そうか龍が後押ししてくれているんだと気づき感謝の念に変わりました。でも、氣多大社の龍神は水龍だったかな? 深く考えないでおこうと思いながら海を横目に走っていると、突然のどしゃ降り。氣多大社の駐車場に着く頃には小降りになったので安心して境内へと入ることができましたが、風は冷たかったです。




氣多大社は正月に向けて準備が進められている最中でした。

鳥居の前に立った第一印象は、何かよどんだ感じがするなという感じでした。12/24だったので正月を迎える準備の中、参道を歩いたのですが、天候同様どんよりとした感じがどうしてもぬぐえませんでした。御守り等を扱っているところで「入らずの森」の受付場所を聞き、仮設の建物で受付をしたのですが仮設の建物の戸を開けたら、中のイスは殆ど埋まっていて関心の高さがうかがえました。若い人から年輩の方まで、親子で来られているかたもおられ平日なのにと驚いた限りです。




参拝に当たっては、時間で区切って受付をしておられ、私は、待ち時間が少ない状況で受け付けが済み拝殿参拝へと行けたので非常にラッキーでした。

私の受付を担当して頂いた2人の女性は非常に親切で助かりました。厄払いの相談にものってくださり、こういった一つ一つのことが氣多大社のイメージに繋がるんだな、自分も普段から相手に不快感を与えないような対応を心がけようと思った次第です。

拝殿に入る頃には空も明るくなり、神職が「入らずの森」に入る参拝者氏名を奏上する頃は日が射すときもあり、神様に歓迎されていると喜ばしく感じました。




関東、東北、関西、四国からも参拝に来られており、どのような情報が皆に伝わっているのだろうと好奇心も湧きました。

玉串奉奠も終わり、拝殿から常緑広葉樹が密生する「入らずの森」に移動することになりました。

数mしか入れないので、4人1組で入ることとなっていたのですが、確かに森が悲しんでいるような感覚を受けました。

氣多大社のパンフレットにある上空からの写真と比べると、やはり雰囲気に差が見られ、自然に整然と森が生きているという感じとは少し違うような感覚を受けました。

何とか気候変動等の環境変化に対応し、人間が手を入れずに森を護って行ければ良いと祈るばかりでした。

森の奥からは、森の気とは違う気がぼんやりと感じられ、多分、奥宮の神様が参拝に来た私達に愛情を向けてくれているのだろうなと感じました。

氣多大社の在る地は越中、能登と時代と共に地名が変わっています。

現在は、能登一之宮、国弊大社となっています。

社格等はさておき、氣多大社は毎月1日に「月次祭」と無料の「ついたち結び」を斎行しています。

「ついたち結び」とは、心と心を結ぶお祭りです。

大切な人との心と心の結びつき、二人の末永い幸せを願います。

願いごとは紙に書いて神様に奏上され、1週間本殿におそなえされます。メールでの受付も可能なので遠方の方は利用されると良いと思いますよ。

氣多大社のホームページには、叶った願い事の体験談等が載っています。

恋愛だけでは無く、様々な人との縁を結んで頂いた感謝の体験談が載っており、今心に迷いのある方は、是非一度体験談をお読みください。

そして心に響くものがあれば是非とも一度「ついたち結び」(心結び祈願)をお受けになってください。行動こそ、自分の運を開く第一歩ですから。

また、GW近辺、7月~8月は縁結び祭(日時は年によって変更になる場合がありますのでご確認願います。)が行われます。

氣多大社のご祭神は大己貴命(大国主命)、その人にあった縁を結んでくれる神様です。彼氏、彼女、恋人、結婚相手が欲しい人は是非申し込んでください。

また、その人に必要な様々な縁を結んでくださる神様ですから、家族や人間関係に悩む方も御祈願されてはいかがでしょうか。

「入らずの森」の中にある奥宮には、素盞鳴尊、奇稲田姫命の夫婦神が鎮座され後ろに備えておられます。

氣多大社は740年代には文献に名前が現れ、大陸(中国、朝鮮、ロシアなど)の備えとしてもご神威を発揮され日本の国を護って来たそうです。

言い伝えによれば、祭神の大己貴命が出雲から300余神を率いて海から上陸し、荒ぶるもの、大蛇等を退治して海路を開き、この地を平らげた(平定した)と言われています。

いずれにせよ、奈良時代から脈々とこの地に静まる氣多大神が、何らかの意図を持って「入らずの森」の神門を一般に開いたのです。

氣多大社の案内にある「環境保護の重要性を感じる」だけでなく、最低限でも自分が生まれた町の鎮守の森を護る気持ちを芽生えさせる一助になってくれればと請い願うばかりです。

古来、日本人にとって、生活する自然風土は即物的な環境では無く、清純で新しい自然生命の霊的息吹に触れる場ではなかったでしょうか。人もまた心身の蘇生を実感できるという感覚が、森の中で時間を過ごすことや、神社の存在が日本の聖地(パワースポット)の一部たらしめ、人間の脳に眠る生まれながらの原初性を維持するキーとなっているのだと思います。

昭和天皇が、入らずの森に入られた際、「斧入らぬ みやしろの森 めづらかに からたちばなの 生ふるをみたり」と詠まれています。その真意は到底私にははかりしれませんが、生きとし生けるものの森羅万象にこころをくだかれながら、人の安らかなるを祈られているのかなと感じています。

映画「もののけ姫」の最後におおいなる風が吹いた時のように、素晴らしい風が吹いて古来の森のみずみずしさが取り戻せたらいいのになあと思いました。

「入らずの森」の参拝を終えた後、娘の希望する仕事への願いがなうように絵馬を奉納してきました。クリスマスの時期だったので、絵馬が外されており何処に絵馬を欠ければ良いのか大層苦労しましたが何とか場所が分かり無事奉納することができました。

氣多大社の絵馬

 [写真提供:氣多大社]


場所を教えて頂いた方に感謝です。途中、白山神社や菅原神社(菅原道真公がご祭神)があるのが分かったので、それぞれにお詣りし、帰りは白山比咩神社経由で自宅に帰りました。

白山神社



氣多大社から出て帰る途中、海沿いを車で走っているとまたもどしゃ降りにあい、龍神様に喜んで頂けて良かったと思って帰ってきました。