越前大野には、後の泰澄大師が創建した篠座神社があります。

神社後方にそびえる飯降山は、「おたけさん(御岳さん)」とも呼ばれ、古くからの篠座神社の神体山と考えられています。

春分・秋分の日には、鳥居・社殿の延長線上である山頂に日が沈むことが有名で、眺めはなかなかのものです。

御霊泉

地元では、「しのくらさん」の名称で親しまれ、目の病気に効く御霊泉も湧き出るパワースポットです。

氏子も多く、古い絵図を見ると相当大きい敷地の神社であったことがうかがえます。
現在の鳥居からは参道の一番奥に辛うじて、拝殿が見えるぐらいです。




拝殿

拝殿の右側に赤鳥居があり、御霊泉と弁財天社があります。

御霊泉

弁財天社

私は、ここに来ると、時折参道を歩くことにしています。
春は桜、夏は緑、秋は紅葉、冬は雪(踏み固められていないことの方が多い)を踏みしめながら拝殿に近づいていくと自然と気が引き締まります。

参道

手水舎を過ぎて、神馬堂を過ぎる頃には凛とした雰囲気に包まれます。普通に参拝に行くときは温かい感じなのですが、願いを持って行くと非常に心が引き締まる感じがする神社です。

神馬堂

春先4月末には例大祭が営まれ(通称:ほんこさん)、露店等も境内に並び老若男女が2日間ここで楽しみを分かち合います。

秋には七五三で賑わいを見せ、地元に愛されている神社だなあと感じます




休みの日に行くと、結婚式やお宮参りに遭遇することもあり、そのときはこちらも幸せを分けてもらった気がして喜ばしく感じます。




御祭神は、大己貴大神(おおなむちのおおかみ)(大国主命の別名)ですから縁結びに御利益があるのは自然のことと感じられます。
他に少彦名命(すくなひこなのみこと)、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、豊受姫命(とようけひめのみこと)、譽田別尊(ほんだわけのみこと)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)も祀られています。

神社は、延喜式神名帳に掲載される古社で、荒廃した時期もあったそうですが、戦国時代後期大野城主金森長近により再興され、以降歴代藩主より厚い保護を受けて現在に至るそうです。

篠座神社に関係の深い、僧「泰澄」は白山を開山するにあたり、大野の清水湧き流れ出る所(篠座)他、各地に立ち寄り白山平泉寺御手洗池(みたらしいけ、勝山)、白山比咩神社奥の宮(石川)創建をはじめ多くの場所を開いています。

篠座神社の成り立ちについては、養老元年に泰澄大師が麻生津から白山登拝の途中、大野に到着したとき、南の方の林、清水湧き流れ出る所(篠座)にて十日程過ごされ、白山登拝の後、再び篠座に還られたときに虚空に声があって「我は大己貴命なり。かかる林泉の勝地であるから常に心を楽しませて降遊する」とのお告げがあったと伝わっています。そこで、泰澄大師は一つの祠を営み、影降の尊容を刻んで安置申し上げたと伝わっています。

その流れは今も受け継がれ、大野地方の産土神として崇敬され、殊に御霊泉の清水は、癒しの神水として奥越地方(大野市・勝山市)をはじめ、県内外の参拝者らに広く親しまれています。

また、平安時代には、牛ヶ原の弁天様もこの社に合祀され、それ以降、旱ばつの年には必ず、当社まで舞楽を奏し、行列して雨乞い(踊り)が統いたと伝わっています。

古い歴史のある神社だなあと、あらためて感心しているところです。




御霊泉に関しては、「ふくいのおいしい水」にも認定され御霊泉の清水は、癒しの御神水として広く親しまれています。

社記には「大巳貴尊の御仁慈より眼病に苦しむ者を救はむとしてこの霊泉を湧出せしむ」とあるそうで、古くから眼病に霊験が高いことで知られる御神水は、「篠座目薬(しのくらめぐすり)」とも謳われているそうです。

目を清める順序は、左目、右目の順と決まっています。

また夏越大祓では、霊泉の清水にて半年間の穢れを祓います。

社記によれば、篠座神社の神苑は「此地納涼の好地として文人墨客の嘆美する所で、夏季の雅遊園遊会は殆ど凡て此処に催された」といわれ、当時の風情を感じさせる歌が今に伝えられています。

是非訪れてみてください。今もその風情が残るパワースポットであることがわかります。



少し時間はかかっても確実に稼ぎたいなら資産構築型アフィリエイトProgram【ASSET】