私にも、恋人と呼べる彼女はいて、一時期大変幸せな時期がありました。
しかしながら、彼女は控えめな人であまり自分の意見を口にしなかったため、たまに発する言葉から彼女の意図をくみ取ることが出来ないことがありました。

彼女の結婚したい時期と自分が仕事に打ち込みたい時期が重なり結局彼女とは別れました。

その後、しばらくは、恋人をつらないでおこうと心に決めて生活していました。
そして、周りにもしばらくは彼女つくりませんからと公言していました。

ありがたいもので、そんな時ほど、知人が紹介してやるから飲み会にこい、とか、今週テニスをするから参加しろとか誘ってくれたりしました。

また不思議なもので、一人でドライブに出かけた先で素敵な女性に出会ったり、一人で行ったスキー場で可愛い女性に出会ったりと、なぜ 「?」 の状態でした。






中には、恋人として付き合って欲しいと言われた人もいましたが、『貴方は素敵な人だけれども、今恋人が欲しいとは思わないんだ』と丁重にお断りしました。

そのような中、私は、数年勤めた支店から別の支店に異動になりました。

原因は、ある会議での発言が原因だったと後で聞かされたのですが、会社の将来のためと思い発言したことなので、理由が分かった後も後悔はしませんでした。

仲の良い女性の友人が、環境も変わることだから、一度気比神宮に今後のことを相談に行ってくるといいよ! と勧めてくれたので言葉に従い、異動前に、今後の人生のことを相談してきました。



新しい支店に異動して間もなく、出勤時に挨拶をかわす女性が出てきました。
週の半分は挨拶を交わすのですが、こんな雰囲気の人も居るんだなあと感じたので、仲の良い女性の友人に話したら、すぐ気比神宮へ行ってお伺いを立ててきなさいと言うのです。

仕事が終わってから、気比神宮まで行き(職場から高速を使っても1時間はかかります)、

 支店を異動してから朝挨拶を交わす女性が、素晴らしい雰囲気を持った方で、私と縁があるのであれば私にも分かるように教えていただきますようお願いします。

とお願いをしてきました。


そして、次の朝、挨拶を交わした瞬間、

 『この人は私の伴侶となるひとだ』

と直感しました。

これが、私と今の家内との出会いの始まりでした。

1週間ほどして、休日に前任者の残務整理をしていた私は、夕方、バッタリと彼女と支店で会いました。
彼女は自分の部署でイベントがあり、終わって帰って来たところで会ったのです。

夕方だったので、夕食一緒に何処か行きませんか? 
と誘ったところ、すんなりOKしてくれたので、その日は食事をしながら少し彼女の事を知ることが出来ました。

そこから、彼女と結婚するために私がしたことは

1.産土神様に挨拶に行ってお願いしました。
  (どうしても、正式(昇殿)参拝できなかったので事の次第の報告と自分の願いをしてきました。)

2.気比神宮(越前一之宮)で正式参拝を行いました。
   要旨は、
   今、自分の結婚相手と感じる女性と出会いました。
   彼女がお互いを高め、お互いを尊敬し、日々成長することが出来る人で、子どもやお互いの親を含め敬愛の心をもって過ごすことが出来る人であれば、良き縁(えにし)を結んでいただきますよう、また、縁が違うものであれば、お互いが友人づきあい出来るよう環境を整えていただきますようよろしくお願いします。

3.5,6回会った時点で、私は貴方を結婚相手として考えていることを伝えました。
  いやなら、その時点で別れましょうとはっきり言いました。

4.毎月1日、15日(どうしても都合がつかないときはあらかじめお断りして別の日)に気比神宮に参拝を行いました。
  期間は約1年半行いました。

5.1年経たないうちに彼女が結婚をOKしてくれたので、神様にとても感謝したのですが、彼女が自分の両親を説得するのに時間がかかりました。
  (なので、彼女がOKを出してくれたあとも、気比神宮への参拝を続けました。)

6.彼女が彼女の両親を説得してくれて、やっと結婚できる実感が持てました。

7.彼女の両親OKが出て暫くしてから、気比神宮と産土神社にお礼参りに行きました。

8.結納が終わってから、
  気比神宮に正式参拝でお礼参りを行いました。
  産土神社にもお礼参りに行きました。




振り返ると、結構大変だったなと思います。
付き合いかけて暫くして、彼女は男性陣が(断られるとこわいから)声をかけたくてもかけられないような存在なのだということを後から聞き、素直に声をかけてしまった私は何だったのだろうと少し ? でした。

社内での付き合いだったので、他人にばれないようにしてはいましたが、さすがに1年を過ぎる頃から怪しむ人も出てきました。

まあ、私は他に仲良くしている女性もいたので、他の人の目にはどう映っていたのかよく分かりませんが。

ところで、彼女は県外出身で、アパート暮らし、土日はほとんど実家に帰っている状況でしたので、土日に会えるのは月1回程度でした。

平日は私も結構仕事が忙しく、平日に食事等で外で会えるのは月2回程度。

こんな状況でよく結婚まで行けたと思いませんか?

私は、自室にFAX兼電話を1本引いていたので、これが命綱だったのです。

実は、20代前半に結婚まで考えた彼女に(昭和の時代のことです)

「部屋に電話は引かないの? 引いてほしいな」

と言われたことがありました。

しかし、当時の電話加入権は電話機を入れて8万円弱もして、自分の1ヶ月の給料とほぼ同等でした。

後から考えると、控えめな彼女が、そんなことを言ったのは相当勇気のいったことだと分かったのですが、その当時はそんなお金もなく、何とか連絡をとりあうことは出来たので彼女の申し出でを断ってしまったのです。本当に失礼なことをしたと思っています。

小学生ですら携帯を持つ今の時代では考えられないと驚かれると思いますが、当時はそれが現実だったのです。

それゆえ、彼女と別れた後、ある時期から、連絡が取れるように、FAX兼電話回線を1回線引いたのです。

電話を1回線持つというのが、こんなに恋愛に影響があるとは正直後になって思い知りました。

メールだ、ラインだとSNSしている方々は多いと思いますが、伝言程度で済むこと、どうしても連絡をしておきたい情報を一方的に送っておくことに反対はしません。

 が、

相手の心と会話をしたかったら、会って面と向かって話をするか、または、電話で直接相手の声を聞きながら話をする大切さを忘れてはいけません。

お互いの一つの言葉で、相手の感情が瞬間的に変わる、これは直接対峙しなければわからないことです。

本当に彼氏と繋がっていたいなら、会話の半分以上は直接会話することを強くお勧めします。



話しを戻すと、
私たちの場合、どちらから電話をしても、大概夜の11時ぐらいからになりました。
会話時間は短くて1時間、長いと3時間くらいになりました。




長いときには、私がうとうとしてしまい反応が無いので彼女から、

寝ないで!” と言われたこともありました。

本来、私は、人に比べると口数は少ない方だと思うのですが、今、考えるとよくそれだけ会話出来たなと驚いているくらいです。

でも、今だから言える事ですが、電話を切ろうとすると、時には、涙声でもう少しお話ししてと懇願されると、なかなか電話が切れませんでした。

また、彼女のアパートに寄っても、じゃあ帰るわといって玄関まで行っても、玄関先で抱きしめられて離してくれないことが何回もありました。男冥利に尽きると言えばそれまでですが、なぜ、彼女にそうまでさせるのか疑問に思った時もありました。

でも、私は彼女の心の中にあるブラックホールのような穴を埋められるのならと思い、なるべく本人がその気になるまで、帰ることをしませんでした。



その他、人に言えないような障害もあったりして大変だったように思いますが、今は、子供も授かり幸せに暮らしています。

私と彼女にとってラッキーだったのは、私の同期の友人が事につけ、彼女と私を誘ってくれたことです。
友人には、今でも、大変感謝しています。

神様は、自分で動けないから、上手に人を動かしてサポートしてくれたんだなと確信、感謝しています。

パワースポットと神様への礼節を間違わなければ、神様はきっとサポートしてくれます。